学校での歯・口腔の健康診断における探針使用についての基本的考え方
(社)日本学校歯科医会
会長 西連寺 愛憲

はじめ
 本年3月28日付て加盟団体に対して「次年(平成15年)度からの初期う蝕及び要観察
歯の検出基準を変更する旨」の通知をしたところ、5月19日付の読売新聞第一面に記事が
掲載され、見出しだけを見るとあたかも学校での歯・口腔の健康診断(以降、学校健診と略
す)において全面的に探針の使用を止めるように受け取られる表現がなされていた(内容的
には好ましくない文体ではあったが、明確な誤りは一カ所以外なかった)。この記事につい
て当会の真意が伝わっていない旨の意見を電話で述べたところ、次いで5月30日付の同新
聞において署名記事が掲載された。この後者の記事において、前回よりは当会の考えが詳細
に取り上げられたものの、文面全体から受ける印象は、当会の基本姿勢を理解した上での内
容とは言い難く、記者自身が本件に関する認識として、ある考え方に強く影響されていると
言わざるを得ないが、敢えて誤りと反論できる箇所は見当たらなかった。
 これらの新聞記事を読んだ一部の会員や加盟団体役員あるいは教育委員会、保健所からも
事務局へ間い合わせが寄せられたので、今一度当会の基本的考えを明確にしておく必要があ
ると判断したので、ここに記す次第である。

学校健診(歯・口腔)における探針の使用について
 今回の検出基準の変更は、本年3月28日付の文書をもって通知したように「初期う蝕並
びに要観察歯(CO)」についてのみの変更(平成15年4月より実施予定)であり、学校健
診で行う他の検査についての変更はない。
 適知の概要は.次年(平成15年)から「初期う蝕及び要観察歯(CO)の検出に当たっ
ては、主に視診にて行い(検出基準そのものについては、添付資料を参照願いたい)」旨で
あった。ここで「主に視診にて行い」と表現したのは、全面的に探針使用を否定するもので
はなく、学校健診の場では、十分な照明と健診時間が得られないことや児童生徒によっては
口腔内環境が悪く歯面及びう衛に歯垢が堆積しているため、う窩あるいは軟化した実質欠損
の確認が困難な場合があること、また、近年では多く処置されるようになったシーラントや
レジン充境の碓認が必要なことなどの理由によつて、探針を用いての触診による診査が必要
な場合があるからである。しかしながら、使用する探針は鋭利なものは必要とせず、用いる
ときの触診圧も、当会が以前から提唱しているように過度な圧力は加えない等の(細心の)
注意が必要である。

日本の学校健診の現状から考えた現在と将来について
 今回の新聞報道によって、内容そのものよりも報道のなされた時期が学校健診の最中であ
ったこと、そして報道媒体が一般紙であったことによって、学校関係者あるいはPTA等か
ら学校歯科医が学校健診時に質問を受けることによる混乱が大きかったと受け止めている。
 新間の見出しあるいはCO・初期う蝕・再石灰化等々一般の人には馴染の簿い用語を見れ
ば、一般の方々はある種不安を抱くのも当然と考えられる,
 当会としては.基準の突然の変更とならぬように一年前に当たる本年3月末に先ず加盟
団体等へ連絡し、次いで6月の学校健診の終わりを待って全会員へこの基準変更を含めて
の冊子とともに通知し、普及を徹底してから実施する準備を進めていたが、この時期の新開
報道にはある種の作為があるように思えてならない.学校健診における探針使用についての
当会の基本的考えの概要は前述の通りであるが、当然次の質間として、探針使用の必要性を
説いておきながら何故CO等の診査墓準から探針を外して「視診を主に」に変更したかが
寄せられると思われ、それに答える義務もあると考えるので次に記すが、これを理解してい
ただくにはCOを設定した背景と学校歯科保健のあり方(ある程度の歴史を踏えて)を今
一度確認していただきたい。
CO設定の背景
 昭和60年、当時の執行部は学術第2委員会(東京医科歯科大学教授岡田昭五郎委員長)
に学校歯科保健活動における初期う蝕の検討についてを諮間し、昭和61年2月に同委員会
より、「初期う蝕の検出基準ならびに要観察歯の基準とその取り扱いに関する報告書」が答
申され、この答申を受けて、当会として「要観察歯CO(シーオー)」を提唱することとし
た。その時に初期う蝕に関して当面する間題として、次のような点が指摘されていた。1.
きわめて初期のう蝕病変をC1として診断して治療勧告の対象とすると、児童・生徒・園児
が勧告書を持参して歯科診療所を訪れた場合、治療は不必要であるという判断のもとに処置
が全く行われないケースがしばしばある。このことは歯科医師以外の学校関係者ならびに保
護者の信頼感をそこねる懸念が多分にある。2.国際的歯科保健の水準ならびにWHO/FDl
の西暦2000年の歯科保健の目標に照らしても、真に治療を要するような「臨床的う蝕」を
有する歯に対して完全な処置を施すようにすることが学校歯科保健では大切なことである。
3.予防処置として裂溝填塞法(fissure sealant)を施した歯はう蝕を充填した歯(DMF
のF歯)とは区別するべきである。このような問題点をふまえ、従前から一部で論議され
てきたCOの概念を取り入れ、初期う蝕の検出とう蝕を疑わせる歯の取り扱いに関して次
のような基準を提唱する。
の3点である。
 この時に定められた初期う蝕及び要観察歯CO(シーオー)の検出基準が現行の学校健診
(歯・ロ腔)で用いられている。
・学校保健の大きな流れ
 歯科も含めて現在の学校保健活動は昭和33年に制定された「学校保健法」及び同施行規
則に準拠して、その活動が進められてきた。
 学校保健の目的は、学校教育に支障をきたすような健康問題の改善であり、当時は時代的
背景の要請から当然のことながら、疾病の治療を前提とした早期発見、早期治療に重点が置
かれていた。
 その後、小さな改正は時折なされていたが、大きなものとしては約40年を経て、平成6
年12月の学校保健法施行規則の一部改正(平成7年4月施行)によって大きく流れを変え
た。いわゆる健康増進を目的にした健康志向に変わったのであるが、学校健診も健康である
か否か、あるいは健康度を計るためのスクリーニングであることが明確に前面に出されるよ
うになった。
 この改正時に健康志向ということから要観察歯(CO)も取り入れた訳であり、学校健診
がスクリーニングであることが明確に出されたことによって、この時点でCOを視診で検
出することにすることも考えられたが、改正が急であったため、COそのものの認知度が浅
く、また、当会内でも検出基準の変更について論議が尽くしきれていなかったので、先ずは
COの概念を普及させることを先行し、検出基準の変更は改正後7年を経た今日の2段階を
取った次第である。
 幸いにも地域差、個人差はあるが児童生徒の口腔清掃の状態が改善され、う蝕も明らかに
減少傾向を示すようになり、う蝕の発生及ぴ進行が大きく改善されて来たこともあって、視
診を主とした検出でも済むような環境が整ったことも今回の検出基準改正に踏みきった一つ
の大きな要因である。
 新聞報道にあった「探針使用廃止」を進める方々の論理を認めての変更でないことを明言
しておきたい。
 現在「探針使用廃止論」を進めておられる方々の論拠としているところは、北欧を中心と
する先進諸国のう蝕が少ないEBMに基づいた論理であり、また、学校歯科健診とは視点を
異にする臨床的視点によるものである。また、そこで述べられている再石灰化の条件とは、
単に探針の扱いだけでなく、臨床的に最低6カ月の定期的検診があること、フッ化物が多
角的に応用されていること。プラークコントロールが専蘭的に指導されていること等々の条
件に並行して、探針を使用せず視診で診ることが述べられていること等々を考えると、これ
ら社会的背景が全く異なる日本の現況、特に学校保健の現場では、現在においてそのまま導
入することには無理があり、当然.公的に貴任のある社団法人としては、議論の尽くされて
いない説をただちに受け入れることは責任の放棄にも繋がると考えている。また、某新聞報
道に紹介されていたレーザーを用いた診断についても、現在、日本の学会等で検討をしてい
る最中であり、価格等の面も含めてまだ広く一般に紹介できる段階ではないと考えている。

おわりに
 少なくとも当会発行の「学校歯科医の活動指針」等に準拠して歯・口の学校健診を進めて
いただけば「がりがり」と歯を探針で壊すことはない。日本学校歯科医会としては、学校健
診における「探針使用について」の論争に終始するのではなく、歯・口の健康を育てるとい
う「CO」導入の概念に基づいて、学校歯科健診は学校歯科保健括動の入口に過ぎず、歯・
口の健康を育てる健康志向の立場からの取り組みであることの重要性を積極的に社会にアピ
ールして行きたいと考える。